神の御加護がありますように!



かぶき町の片隅にひっそりと建つ古めかしくも威厳の漂う教会はそうそう訪れる人も無く、今日も静かにお勤めを果たしておりました。
その教会には死んだ魚の目をした白髪の牧師と彼に身を寄せる姉妹のシスター達、そして教会に引き取られたピンクの髪の少女と白い大きな犬が慎ましくも仲良く暮らしておりました。
沢山の御布施がある訳ではないのですが、4人と1匹はご近所の皆さんに愛され教会以外の仕事をもこなしつつ、カツカツながらも幸せに毎日を過ごしておりました。

『神に仕え、粛々と日々を過ごしていく』
幼い頃にこの教会に引き取られたシスター八恵は、なんの疑いも無くそう思っておりました。
牧師と姉が、家族が生きる為に教会の仕事をおろそかにしている分、彼女は一生懸命神様にお仕えしていました。
しかし神様はそんな八恵にちょっとした悪戯をしかけるのです。
静かな日々が吹き飛んでしまうような、そんな出逢いを。





それは、ほんの偶然でした。
常に静かな昼寝場所を探していた真選組一番隊隊長が、その教会を見付けてしまったのは。

いつもは通らない巡回ルートを、何故かその日彼は歩いたのです。
そしてそこで見付けた教会に、ほんの気まぐれでふらりと入り込んだのです。

暗い礼拝堂の中でも、更に影になる場所にどっかりと腰をおろし、いつものアイマスクを着けて俯くように眠りにつくと、いつもよりぐっすりと眠る事が出来ました。
その古いながらも清潔に掃除された静かな場所を、彼は気に入ってしまいました。
そして、その日から彼は度々昼寝の為に教会へと訪れるようになったのです。

神や仏など信じない彼がその場所に訪れる事など、本当なら有り得ない事でした。

ほんの気まぐれ。

たまたま起こった偶然。

そう、それが神様の仕掛けた悪戯でした。
そしてそれは、運命の出逢いなのです。





「あの…真選組の方…」

真選組一番隊隊長が教会に通いだして数回目の或る日、彼は安らかな眠りを耳触りの良い声に邪魔されました。

「…いつも熱心にお祈りを捧げていらっしゃいますが…何か悩みがおありでしたら…」

「…ぁあん…?」

ついつい不機嫌な声が出てしまいましたが、それでも珍しく彼はアイマスクをずり上げて相手を見ました。
するとそこには、大きな黒目が印象的な眼鏡のシスターが、おどおどしながらもしっかりと彼を見つめていました。

ふっくらとした頬が薄く染まる姿が可愛らしい。
折角の眠りを妨げられたというのに、その声になら毎回起こされたい。

彼はふとそう思ってぼんやりしてしまいましたが、おどおどとこちらを窺うシスターに気付き、返事を返すのです。

「…悩み…?…俺にですかィ…?」

そう彼が呟いて真っ直ぐ少女を見つめると、盛大に顔を赤らめた少女はバタバタと手を振る。

「あっ…あのっ!さしでがましいとは思ったんですが!!ご近所の皆さんが私に悩みを話すと心が軽くなると仰って下さるのでっ…あのっ!もし良かったらと思って!!あ!ちゃんと秘密は守りますし!懺悔室でお聞きしますから話して下さっている時は顔も見えませんので恥ずかしくなんかないです!!」

あわあわと慌てる姿も可愛い。
それでも少女が真剣に自分を心配してくれているのが判って、彼は心が暖かくなるように感じました。
どんどんテンパっていく少女が面白くて思わずクスリと笑ってしまった彼を見て、少女は更に赤くなりました。

「そんじゃぁ、話聞いてもらいやしょうかねィ…」

「はい!」

少女に連れられてすぐに懺悔室に移動した彼は、そこで上司や部下の失敗談を彼女に面白おかしく話して聞かせます。
初めは意気込んで聞いていた彼女もクスクスと笑いだし、遂には彼の話にツッコミを入れるようになりました。

「それって悩みじゃないじゃないですか!」

「俺ァ悩みがあるなんてひとっことも言ってやせんぜ?」

「えっ!?いつもあんなに真剣にお祈りしていたのに…」

「祈ってやせんぜ?ココには昼寝に来てたんでさァ。暗いし静かだしキレイだし、すんげぇ安眠できやす。」

「………」

ポンポンと返って来ていたツッコミが止まってしまって、不真面目な態度に少女が怒ってしまったのかとそっと彼が様子を窺うと、ふわりとやわらかい空気がそこに漂いました。
彼にはそれは、ひどく心地好く思えたのです。

「それは…すごい嬉しいです…この場所がどなたかの安らぎになっているとしたら…」

ふと隙間から覗き見た少女の幸せそうな笑顔に、彼の心臓はドキリと高鳴ります。
そして、本当に幸せそうなその笑顔を自分にも向けて欲しいと思いました。
そうしたら、きっと自分も同じように幸せに感じるでしょう。

「…明日も…悩み聞いてくれやすか…?」

「はい!いつでもいらして下さい!」

間髪いれずに返ってきた返事に満足して懺悔室を後にすると、少女もそこを出て見送ってくれました。

薄っすらと染まった頬がやはり可愛い。
滅多に無い良い気分で、顔が緩むまま少女を覗き込むと、少女から『ひえっ』とか『ひやぁ』とかおかしな声が聞こえたけれど、気にしない。

「…俺ァ沖田総悟っていいまさァ。」

「あ…私はシスターパチ恵…あぁっ!噛んじゃった!シスター八恵です!!」

「へぇ、じゃぁパチ恵ちゃんまた明日。」

「…沖田さんって意地悪なんですね…」

ぷくりと膨れた顔も可愛い。

その日から、沖田は毎日その教会に通うようになりました。
勿論目的は昼寝だけではなく、柔らかな笑顔を見る為に…