あげるあげるぜんぶあげるよだから、



取り立てて目立つ訳でもなく、キッパリ地味な志村新八は、困惑していた。


「新八ィ、寮に戻るんで?ちょっと待ってて下せェ、先に帰るのはなしでさァ」


放課後、久し振りに早めに寮に戻れそうだなと思いながら、新八が寮への道(徒歩3分)を歩いていると、背後から聞き慣れた声が引き止めて来た。


「…沖田君、部活始まったばっかりでしょ?僕、今日は早めに戻って本でも読みたいんだけど」

「じゃあ、本持って来てここで読んだらいいでさァ」

「え〜…うるさくてやだよ」

「…新八と一緒じゃなきゃ帰ェらねぇ」

「あんたねぇ…」


引き止める声の主、沖田総悟は新八のクラスメイトであり、寮でのルームメイトでもある。


この、少し色素の薄い髪と、整った顔立ちを持つ少年。
所属の剣道部でも、かなりの腕前で先輩方にも目を掛けられているようだ。


ハッキリ言って新八とは対極の、非常に目立つ存在なのだが、この沖田、どういう訳か新八をいたく気に入り、事ある毎に一緒にいたがる。


(いや、別に嫌な訳じゃないんだけどね…)


この高校には姉と馴染みの女子一人位しか知ってる者がいない中で、友人と言える存在は有り難く。


(ただなぁ…)


まだ横で騒いでいる沖田を横目に見ながら、新八は軽くため息をつく。


「なんでそんなに…たかが3分位でしょ?その上、寮は同じ部屋なんだし」


ため息混じりの新八の言葉も、今の沖田には届かない。

新八とて、沖田といるのは嫌いじゃない。
むしろ気を使わなくてもいい、気のおけない友人とも思っている。

ただ、沖田には困った癖があった。


「だって、俺がいねェ時に誰か部屋に遊びに来たりしたら、新八そいつと…」

「そりゃ話しますよ!別に取って食われる訳じゃなし」

「ダメでさァ!新八ィ、やっぱり…」

「部屋で待ってますよ、…お茶用意して!」



言い置いて、新八はその場を離れた。
後ろでまだ沖田が騒ぐ声が聞こえるが、先輩の怒声で掻き消された。


(全く、もう…)


沖田の束縛癖には際限がなく、喧嘩の原因になる事もしばしばあった。
が、それでも一緒にいるのは、あの二人の時間の心地よさがあるからだ。


「なんでか分かんないけど、でも、悪い気しないのは…やっぱり末期なのかも…」


自室の鍵を開けながら、新八は一人ごちていた。



「お前ぇ、いい加減に志村に付きまとうのはよせ」


部活も終わり、沖田が更衣室で帰寮の準備をしていると、横で着替えていた土方がぼそりと言った。

「何でィ、藪から棒に」

「…お前ぇの行動で、部長の近藤さんに妙が苦情を言って来てる。妙は」
「近藤さんの思い人、ですかィ」

「知っててやってんなら余計タチが悪ィぜ。お前、近藤さんにゃ一目置いてただろが」


それには答えず、沖田はさっさと着替えを済ませ、ロッカーをバン!と勢いよく閉めた。


「おい、総悟!」


大きな歩幅で部室の出入り口に向かう沖田は、まだ何か言いたげな土方に意味ありげな笑みを見せ、

「すいやせんねィ。こればっかりはどうにも譲れねェんでさァ」


そう言うと瞬く間に部室を出て行った。


「アイツ…」


取り残された土方が怒りに震えていると、不意に沖田がひょいと顔を出し、


「言い忘れやしたが、さっき言った『すいやせん』てェのは近藤さんにで、土方さんに言った訳じゃありやせんぜ死ね土方」


言うだけ言うと、沖田は再びあっという間に去ってしまった。
怒りのやり場が無くなった土方の怒号が、人気のない部室に虚しく響いた。









寮への短い道のりが、酷く遠く感じる。
沖田は無意識のうちにその道を全速力でダッシュしていた。


(こんなに何かに執着したこたァねぇや)


早く早くと気が急く。
早くあの扉を開けて、彼の声の

「お帰りなさい」

が聞きたかった。

(新婚夫婦みてェ)

顔が自然にニヤける。
寮の玄関ですれ違った誰かが、ひどく不審げに自分を振り返るのに気付いたが、そんなのに構っちゃいられない。


(いた)


自室の札に、彼の名が表に返ってぶら下がっていた。


(新八ィ、部屋にいて下せェよ!)


沖田の足は階段に向かって動いた。