ライフ・ゲーム
俺とした事が一生の不覚でさぁ。
ちょっとしたお茶目のつもりだったってぇのに、まさかこんな事になるとは…
俺ァ今日早番だったんでさぁ。
なんで、新八の家まで一緒に帰ろうと、万事屋に迎えに行ったんでぃ。
上がり時間になって出てくる新八を玄関で待ってる時に、つい、思いついちまったんでさぁ。
ちょいと驚かせてやろうって。
ガラガラと引き戸を開けて出てきた新八を、死角から
「わっ!」
と驚かしてやると、思ったより本気で驚いた新八が、階段を踏み外して、下に落ちて行っちまった。
すぐさま引き上げようと伸ばした俺の手をすり抜けて、新八は下まで落ちて行っちまった。
騒ぎを聞いて飛び出してきた旦那とチャイナが、救急車を呼んだ。
俺はその間、動かなくなった新八を抱きしめて、ただただ座り込んでいた…
病院に運ばれた新八は、すぐに目を覚ましたらしいが、俺は逢わせてもらえやしなかった。
チャイナと姐さんが、俺だけはそこに入れてくれなかった。
様子を聞いてきた近藤さんと土方さんが教えてくれたのは、外傷は、たんこぶと打ち身ぐらいで命に別状は無かったが…
…新八が、俺達全員の事も、今迄有った事も、何もかも全て忘れてしまった、と言う事だった…
◆
「新八ィ――――――――っ!」
僕の持っている最後の記憶は、物凄く慌てた黒づくめで茶髪の男の人が、必死の形相で(多分)僕の名前を叫びながら、両手を差し出している場面だった…
あの人は…誰なんだろう…?
僕の…何…?
「新ちゃん、気分はどう?」
僕の姉だという女性が、凄く心配そうな顔で話しかけてくる。
「あ、はい、有難うございます。気分は良いです。ちょっと…頭が痛いですけど…ご心配おかけしてすみません…」
僕が笑顔で答えると、お姉さんが悲しそうな顔で笑う。
あ…しまった…
でも…今の僕にはこの女性が姉だという記憶は無いし…そんなに親しくなんか話せないよ…
「…すみません…何も思い出せなくて…」
僕がぺこり、と頭を下げると、お姉さんが慌てて僕の肩に手を置く。
「大丈夫!新ちゃんは心配しなくて良いのよ?少し寂しいけれど、ゆっくり思い出していけばいいわ。」
「そうネ!心配するコトないネ!新八の仕事はワタシと銀ちゃんでかたずけてやるヨ!!」
ピンクの髪をおだんごに結った、僕の同僚だと言う女の子がぎゅっと手を握ってくる。
この子は僕が目を覚ましてからずっと僕の隣を離れないでいた。
…優しい子だなぁ…
僕はこの人達にとって、どんな弟で、どんな同僚だったんだろう…
考えてみるけど、何も思い出せない…少しでも…何でも良いから思い出したいのに…
「有難う…ええと…」
「神楽ネ!ワタシは神楽ネ!!アネゴはお妙でダメ上司は銀ちゃんネ!」
「…有難う、神楽ちゃん…思い出せなくて…ごめんなさい…」
僕がぺこりと頭を下げると、神楽ちゃんが泣きそうな顔をして、ぐい、と顔をふく。
「チクショー!新八をこんなにしやがって!ゆるさないネ!あのドSっ!!」
「沖田さんには、もう2度と合わせません。」
…おきた…さ…ん…?
なんだろう…凄く聞き覚えがある…なんでか、凄く安心する…心が…暖かくなる…
「あの…そのおきたさん、って…」
「ドSヤロウは新八を突き落したネ!!」
神楽ちゃんが、凄く怖い顔で僕を睨む。
そう…なのか…?
「一緒にいたくせに新ちゃんをこんな目にあわせるなんて、許さないわ。」
お妙さんが静かに怒っている。
…怖い女性だな…逆らったらただじゃ済まなそうだ…
「あの…でも…聞いた事ある気がするんです…その名前…」
僕が恐る恐る言うと、2人が僕を見て、泣きそうな顔になる。
あれ…?僕何かまずい事言ったのかな…
「新ちゃん…」
「新八…ワタシ達は忘れたのに…ズルイヨ!アイツの事は覚えてるカ…?」
神楽ちゃんが悲しそうに言う。
…僕はその人の事、覚えているのか…?
僕が覚えているのは、黒づくめの茶髪の人…そう、あんな感じの服を着た…って、え!?
「新八君、体の調子はどうだい?」
僕が唯一覚えている黒服を着た、大柄な男の人が、僕の上司だという銀髪の男の人と一緒に僕の前に立っていた。
「あら、何をしに来たのかしら?病院は、ゴリラの入れる所じゃないと思うけど?」
お妙さんが、物凄く冷たい目で黒服の男の人を見つめる。
…怖い…
そんな事より!僕は唯一の手掛かりを手放す気はない!
「あのっ!その黒服…制服か何かですかっ!?その服を着た茶髪の男の人、知りませんかっ!?」
僕が叫ぶと、何故か全員が固まる。
「…新ちゃん…その人の事は知っているの…?」
お妙さんが、恐る恐る僕に訊いてくる。
「はい!僕が唯一覚えてる人なんです!多分、階段から落ちる時にその人が居て…凄く必死に僕を助けようとしてくれて…僕、それしか覚えてないんです!その人に逢ったら、何か思い出せるかもしれないんです!」
僕がその場に居た皆を見ながら、一生懸命言うと、何故だか皆黙りこくった。
僕の前に居た男の人達は、嬉しそうに笑った。
でも…神楽ちゃんは泣き始めてしまった。
なんで…?あっ…!もしかしてその人、僕を助けて死ん…
「新八のバカァ―――――!!!」
神楽ちゃんが泣きながら走り去ってしまう。
え…?何が…?
「新ちゃん…沖田さんの事だけは覚えてるのね…」
「…おきたさん…?」
って、たしかさっき言ってた僕を突き落した人…?
でも、黒服の人は僕を助けようとしてくれてた…
「僕…その人に嫌われてたんですか…?命を狙われてたりとか…」
僕が真剣な顔で言うと、銀髪の上司が、ぶっ、と吹き出す。
「んな訳無いだろ。別のモンは狙われてるだろーけど。」
「そうだ!総悟が新八君の命を狙う訳無いだろう。新八君が大好きだからなぁ。新八君が居なくなったら、アイツは死ぬぞ、きっと。」
…ますます分からない…何だろう、その、おきたさん、って人…
僕の親友だったのかなぁ…
「でも、そんな近しい人ならなんで今この状態の僕に逢いに来ないんですか?」
僕が素朴な疑問を投げかけると、男性2人が顔を見合せて、お妙さんを見て「なぁ、」とか言ってる。
…何だろう…?
「新ちゃん、色んな人に会って疲れたでしょう?少し寝なさい。銀さんも近藤さんも、行きますよ?」
お妙さんが2人を促して、病室を出て行く。
確かに疲れた…少し寝よう………
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