線香花火



夏休みの補習授業が終わったいつもの騒がしい教室。
いつものように鞄に教科書を詰め、いつものようにそっと帰ろうとしていた僕に、いつもとは違う驚くような出来事が起こったのは、誰にも知られず僕がひとつ年をとった日の事だった。

そっと席を立って一歩踏み出した僕は、突然ワイシャツの裾を掴まれて引きとめられた。
そんな事は僕がこのクラスになって初めての事で、地味な僕はこの個性的な面々が集まるクラスで話し掛けられる事も滅多に無いというのに…
その上、その手の持ち主は、僕の後ろの席でひたすら寝ていた筈の沖田君で…その綺麗な容姿とそれにそぐわない破天荒な性格は僕には憧れで…同性だという壁を越えて僕が好きになってしまった人だった。

「ひっ…ひゃぁっ!?」

「よぉメガネくん。お前さんこの後暇ですよねィ?」

「え…?」

殆ど話した事も無い僕に何故そんな事聞いてきたんだろう…?
今日は補習授業だから、掃除当番代わって、じゃないだろうし…銀八先生に雑用でも押し付けられた…?
イヤ、沖田君に限ってそんなヘマはしないだろう。僕はしょっちゅうだけど…
それを言ったら、普段なら成績の良い沖田君が補習に出てきている事自体おかしいんだよな。どうかしたのかな…?

「なぁ、どうなんでィ。暇ですかィ?」

僕がそう考えを巡らせて黙っていた少しの間でも怒ったのか、僕の顔を覗き込んで沖田君が畳み掛けてくる。

うわわわわわっ!
心臓が!心臓が壊れるっ!!

「きょっ…今日はバイト無いし、特に用事は無いけど…」

「んじゃぁ、遊びやしょ。」

そう言ってふわりと笑った顔が綺麗すぎて僕がガクガクと頷くと、沖田君は僕の手を掴んで教室を駆けだした。

うわぁぁぁ!手っ…手繋いじゃったよォォォ!!
女の子の手みたいに柔らかい訳じゃなくて、むしろゴツゴツした男の人の手だけど…それがなんでか安心して、ドキドキが納まらない!
こんな事、夢でも見た事ないよ!!
ずっと真面目に頑張ってきたから、誕生日にこんな良い事を神様がプレゼントしてくれたのかな…?

「…ありがとう…ございます…」

僕はそう呟いて、沖田君に連れられるままその後ろ姿を追いかけた。



かくして僕は、沖田君と学校帰りに遊ぶ、という一生に一回あるかないかの幸運を味わっている。

まずはファミレスで食事をした。
僕とそんなに身長も変わらないのに、沖田君はとてもよく食べる人だった。
おかわり自由のカレーを何回もおかわりして、美味しそうに微笑みながら食べている姿は僕の心臓を直撃する。
今迄知らなかった沖田君の姿を知れるのは嬉しくて、僕は始終ニヤニヤが止まらない。
こんな姿を僕に見せてくれるなんて、何か凄く仲良くなったような錯覚をしてしまう。
沖田君は一体何を思って僕を誘ってくれたんだろう…罰ゲームか何かなのかなぁ…?
それでも僕は凄く楽しいから…今日という幸運を思いっきり楽しもう!


その後はゲーセンに行って一緒にゲームをした。
レースゲームだったりシューティングだったり、二人で一緒に楽しめる対戦ゲームを次々やっていった。
…僕もゲームは結構得意な方だと思ってたんだけど…沖田君は更に上手くって僕はずっと負けっぱなしだった。
一番得意なクレーンゲームでも、僕が取り逃したちょっと難し目の場所に有ったぬいぐるみを沖田君はサッと取って僕にくれた。
別にそれが欲しかった訳じゃないのだけど、沖田君が僕にくれたというだけでソレは宝物みたいに輝いて見えた。

「でも…せっかく沖田君が取ったのに良いの…?」

「俺ァ別に…あー…誕生日プレゼント…でさァ…」

「えっ!?沖田君僕の誕生日知ってたの!?」

「おー…近藤さんが言ってやした…」

「ありがとう!大事にするね!!」

嬉しくて、僕がぬいぐるみをしっかり抱きしめてお礼を言うと、沖田君は照れたように笑ってくれた。
そんな顔まで見られるなんて、今日は本当に奇跡みたいな日だ!
こんなに嬉しくて笑ったのは久し振りだよ…


「そろそろ日が陰ってきやしたねィ…花火…しやせんかィ…?」

「あ、良いですね!でもどこで…?」

「良い所があるんでさァ!」

そう言って得意そうに又綺麗な笑顔を見せてくれた沖田君が、僕の手を掴んで早足で歩きだす。

わ!又手が繋げた!
二回目だけどやっぱり又ドキドキが激しくなって、繋いだ手から僕のドキドキがバレるんじゃないかって気が気じゃない。


コンビニで花火セットを買って、向かった先は近くの河原で…
確かに水がすぐ傍に有るけど…ココで花火やって良いのかな…?

「メガネくーん!花火しやしょうぜー!!」

…まぁ、ここまで来ちゃったし…大丈夫だよね。

早速花火セットを開けた沖田君がどこかで見たようなマヨネーズ型のライターで花火に火を付ける。
…今頃探してるんだろうな…ライター…

「メガネ君も早く花火持ちなせィ!一々火ィつけんの面倒くさいんで消えねェ内に次々やっていきやすぜー!」

そう言った沖田君は、両手に花火を持って僕に差し出してくる。
…火が付いた方を…

「人が居る方向に花火向けちゃダメですっ!危ないですよ!!」

「えー?だって火ィ点けさせてやんなきゃだろィ?」

更に手に持った花火をグルグル回そうとするんで、慌てて沖田君の隣に移動して手を掴んで貰い火すると大人しくしてくれた。
火を点けやすくしてくれたのかな…?今日の沖田君は何だか優しい。
そっと沖田君を見ると、何故か赤い顔で固まっていた。
…どうしたんだろ…?

「沖田君…?火、消えちゃうよ…?」

僕がそう声を掛けるとパタパタと動き出して、新しい花火に火を付ける。

「メガネくんも花火消えそうですぜ?」

「あ!」

僕も新しい花火を手にとって火を移すと、パチパチと綺麗な火花が夏の風情を彩った。

次から次へと僕らが花を咲かせていくと、買ってきた花火はすぐに無くなってしまって残ったのは線香花火だけになった。
ソレが終わったら…そろそろ家に帰らなきゃいけない時間…だよね…
もう少しだけ…もう少しだけ沖田君と一緒に居たいから。
…誕生日ぐらい、僕だって少しだけ欲張りになっても良いよね…?

「沖田く…」
「メガネくん、線香花火で競争しやせんか?」

にこり、と笑った沖田君が僕に言ってくれる。
競争…僕が勝ったらきっと負けず嫌いな沖田君は線香花火が無くなるまでは一緒に居てくれるよね…?

「もちろん良いですよ?負けませんからね!」

「は?俺に勝てるとでも思ってんのかィ?んじゃ、賭けしやしょう。負けた方は勝った方のお願い聞くってのはどうですかィ?勿論拒否権無しで。」

拒否権無し…
どんな事でも…叶えてくれる…って事だよね…

「受けて立ちますよ!後で文句言わないで下さいね!」

「お前さんもなァ!んじゃァ一回勝負でィ!」

張り切った沖田君が、二つあった線香花火の束の片方に火を点けて僕に差し出してくる。

ちょっ…えぇぇぇぇっ!?
束ァァァ!?

「おっ…沖田君コレっ!一本ずつやるんじゃないの!?」

「男だろィ、んな面倒な事すっかよ。」

ジリジリと火の玉が大きくなって、綺麗な火花を出し始める。
それはもう夏の風情そのままの姿だけど………

「あづっ!あづづづづっ!!沖田君っ!無理!コレ無理ィィィ!!」

「手ェ離しても良いんですぜ?」

「それじゃ負けちゃうじゃないですかァァァ!」

「チッ………」

パチパチと勢い良く咲く花は大きい分綺麗だけど、火の粉が思いっきり手に当たって熱いよっ!
沖田君だって手に当たってるって言うのに涼しい顔して…イケメンは火も又涼し、とでも言うのかよっ!?
手は熱いけどやっぱりお願いは諦めきれなくて。僕がなんとかそれに耐えていると、じっと僕の顔を見ていた沖田君がひどく真剣な表情をする。

「新八くん、好きでさァ。」

「え………?」

あれ…?今何か…
名前…呼ばれて…好きって………好きィィィ!?

突然の事に慌てた僕は、つい立ち上がってしまって線香花火の火を落としてしまった。

あ…

「よっしゃー、俺の勝ちィー」

ニヤリと笑った沖田君の線香花火は、未だパチパチと綺麗な花を咲かせている。
その勝ち誇った顔は憎らしいのにやっぱり綺麗で…僕は見惚れてしまった。

「んじゃぁ早速俺のお願いきいてもらいやしょうかねィ…」

フッと線香花火が消えて、辺りは夕焼けの赤に染まる。
又真剣な表情になった沖田君の顔も赤く染まってて、それがなんだか可愛く見えて僕の顔も夕焼けだけじゃなくて赤く染まった。

「…新八君…」

やっぱり名前…
沖田君が僕の名前を知っててくれたなんて思ってもいなかった…それだけでも幸せな気分になる。
彼のお願いがなんでも…ってちょっと怖いけど…僕が出来る範囲で叶えたいと思う。

「はっ…はいっ!」

僕が返事をすると、沖田君の手が僕の手を握る。

「…新八くん、俺の恋人になりなせェ。約束ですからねィ、お前さんに拒否権はありやせんから。」

フンっ、とイジワルな表情を作っているけど…その顔は夕焼けのせいだけじゃなく赤くなっているし、その表情は凄く不安そうだ。
その表情が堪らなく可愛くて、惚れ直してしまいそうだよ…

「…僕、今日誕生日なんですけど…」

「…知ってまさァ。ゲーセンで誕生日プレゼントやったじゃねェですか。」

「はい、凄く嬉しかったです。ずっと大切にしますね。でも僕実は欲張りなんです。」

何を言い出したのかと沖田君は更に不安そうな表情になる。
そんな表情にさせてしまうのは可哀想だけど、でも僕だって…

「沖田君、そんな事言うならもうただの冗談だったとかからかってたなんて事は言わせませんからね?だって僕はずっと沖田くんの事が好きなんですから。アナタの事拒否なんかしませんし、それに僕が勝ったら又デートして下さいってお願いにするつもりだったんですから。」

僕がそう言ってニヤリと笑うと、大きく溜息をついて沖田君がしゃがみ込んだ。

「…両想い…だったんですかィ…俺、絶対ェ断れないように色々考えたんですぜ…?」

「…嬉しいです…一番欲しかったプレゼント…ありがとうございます…」

嬉しくてにやにやが止まらないまま一緒にしゃがみ込んだ僕が沖田君の顔を覗き込むと、ぎゅうと抱きしめられると同時にそっと優しく口付けられた。



END



新八はぴば!