人魚姫



とある世界のとある場所。透き通った蒼が美しい、深い深い海。
その海は王様と姫様達に護られて、生き物達は毎日を平和に暮らしておりました。
王様が強いのは当然の事、6人居る娘達もみな強く美しく、彼女らは人魚の姫と呼ばれ、海の生き物達に敬われておりました。
その中でも特に末姫様は優しい性格で、皆に愛されて育ちました。
そのせいか、素直な性格な上好奇心旺盛で、いつか悪い奴に騙されるんじゃないかと皆は心配でたまりません。
なので、王様達は特別に末姫様にお供を付けました。
頼りなさげですが、実は結構頼りになるフグの山崎です。

なので、末姫様は今日もお供の山崎と連れだって、海の探検に行くのです。



「ちょ!新八くーん!あんまり上の方に行ったら人間に見つかっちゃうよ!」

「その人間が見たいんですってば!もう、山崎さんは心配し過ぎです。」

「そんな事無いよ!人間ってのは本当に怖いんだからね?新八君は知らないだろうけど、捕まったら皮を剥がれて食べられちゃうんだから。」

山崎は、フグらしく大きく膨れました。
それを見て、新八姫はクスクスと笑います。

「そんなドジはしませんよ。それに…あんな綺麗な生き物がそんな事するようには思えないんですけど…」

「イヤ、新八君は特に危なっかしい…ってか…人間を見たの…?」

「ちらっとです!ちらっと!」

顔を赤くして慌てる新八姫は猛烈に可愛いのですが、山崎は心配でなりません。
当然姫も心配なのですが、何か有った時に怒り狂う王様達から攻められる自分も酷く心配でした。
なにせ末姫様は、王様を初めとして姉姫達にも溺愛されているのです。
そんな新八姫に何か有ったら…山崎は無事で居られる気がしません。

「もう…見てるだけなんだから放っといて下さいっ!」

そう捨てゼリフを残して、新八姫は素早く海上に上って行ってしまいました。
置いて行かれた山崎は、大慌てで新八姫を追いかけます。

「ちょっとぉー!もー!怒られるの俺なんだよー!」

なんとか泳いで新八姫に追いつくと、そろりと海上に頭を出している姫様を発見しました。
そのままキョロキョロと辺りを確認すると、嬉しそうに笑ってぷかりと海に浮かびました。

「一応気をつけてはいるんだ、新八君も。」

「そりゃぁ…やっぱりちょっと怖いですから…人間…」

頬を染めて微笑む新八姫の可愛らしさに、山崎の顔も緩みました。

ちょっと海辺から近いけれど、辺りには人間も居ないし、少しぐらいの日向ぼっこも良いかと山崎も隣に浮かびました。
静かな波の揺れと、暖かいお日様。
あまりの気持ち良さに山崎がうとうとしていると、急に新八姫が山崎を掴んで近くの岩陰に隠れます。

「えっ!?ちょ!何!?新八君!?」

「しーっ!山崎さんしーっ!」

口に指を当てて、顔を真っ赤に染めた新八姫が、山崎を海の中に押し込めます。
暫くモガモガともがいていた山崎が、なんとか新八姫の手を逃れてそーっと海面から顔を出すと、新八姫は真っ赤な顔でとある一点を見つめていました。
そこに居たのはとても綺麗な人間の青年で、大きな傘の下でぐうすかと昼寝をしていました。

「え…?新八君まさか、あの人の事す…」

「みっ…見てるだけですっ!見てるだけっ!!…姉上達には絶対言わないで下さいね…?」

新八姫のツッコミは海域一と言われるだけあって、そこいらじゅうに響きました。
なので、そこに寝ていた青年も、うーんと唸ってモゾモゾと動き始めてしまいました。
それを見た新八姫と山崎はビックリして、大慌てで海の中に戻りました。

チャプン、と波打った海面を見つめて、青年がニコリと笑った事を知らずに…



凄いスピードで海中深くに潜っていく新八姫になんとかしがみついて、山崎が必死に声をかけます。

「新八君!人間は駄目だよ?」

「そっ…そんなんじゃないですっ!綺麗だな、って思って見てただけです!」

「本当に…?」

山崎の目が眇められます。

「本当ですっ!毎日あんな時間にあんな所で昼寝してるような人、経済的にアレですからっ!」

「…毎日見に行ってたんだ…」

それってもう、恋だよね…
ひっそりと山崎は確信しましたが、口には出しませんでした。

「やっ…ちがっ…」

これ以上赤くなれない位に赤くなった新八姫の顔を見て、山崎は面倒な事になったと大きな溜息を吐きました。



それから暫く経ったある日の夜、月を見ようと海上に上がる途中の新八姫は、海の中にいつも見つめていた青年が落ちてくるのを見付けてしまいました。
海の外は酷い嵐で、青年は乗っていた船から落ちてしまったのです。
新八姫はすぐに青年に向かって泳いで行って寄り添い青年の様子を見ましたが、彼はぐったりとしたまま動きません。

「大変だ!人間は海の中じゃ息が出来ないんだっけ!」

新八姫は大急ぎで青年に口付けました。
人魚の口付けで、人間は水の中でも息ができるのだと聞いた事があったからです。
そのまま青年を抱いて、新八姫は近くの砂場まで泳いで行きました。
二人が砂浜に着く頃には嵐は止んでいて、空には綺麗な月が浮かんでいました。

海面に顔を出した新八姫は、そっと青年の唇から自分のソレを離しました。
そうすると、とても寒くなった気がしてもう一度唇を合わせます。
ぎゅうと青年の身体を抱きしめると、それは随分と冷たくなってしまっていて新八姫は怖くなりました。
だからすぐに砂場まで青年を引き上げて、濡れた服を肌蹴て抱きつきました。
だんだん暖かくなってくる青年に新八姫の心臓はドキドキと脈打ち、とても幸せな気分になりました。
間近にある綺麗な顔を見上げると、大分顔色が良くなっていて新八姫は安心しました。

もう大丈夫だろうと、青年が目を覚ます前に新八姫はその場を離れようとしますが、離れがたくなってしまい身体が動きません。
もう一度、そーっと唇を合わせると、そこから暖かさが伝わって来て胸がドキドキと高鳴って…
遂にはこのままずっと一緒に居たくなってしまうのです。

「…好き…です…僕はアナタの事が大好きです…」

その綺麗な人間が寝ていたからこそ、勇気を出して新八姫は告白しました。
相手には伝わっていないからこそ、言う事が出来たのです。

「本当はずっとアナタの傍に居たいです。でも僕は人魚だから…人間のアナタの傍には居られなくて…」

新八姫の瞳から、ポロポロと涙が零れます。
そのひとつが青年の顔に当たると、彼は身動ぎをしました。

「あ…」

彼の目が覚めたら、きっともう一緒には居られません。
もしもこの人間が悪い人間だったらきっと姫は攫われてしまいます。
そうじゃなくても、気持ち悪がられたらきっと姫はショックで死んでしまうでしょう。

新八姫は最後にもう一度、青年に口付けました。
すると、今迄は何の反応も無かった唇が、そっと姫の唇を確かめるように動きました。
その途端、新八姫の全身に電気が走ったような衝撃が訪れ、全身の力が抜けました。
そしてそのまま青年の両手が動き、そっと姫を抱きしめました。
しかしながら慌てた新八姫は、ツルリと青年の腕から海へと逃れてしまいました。

すぐにゆるゆると目を覚ました青年は、何も無い空間を抱きしめてキョロキョロと辺りを見回し首を傾げました。
そっと海面からその様子を見ていた新八姫は、あまりの愛おしさに悶えながらも、海の中に帰って行きました。



それから数日、いつもの浜辺に青年は現れませんでした。
その度にガッカリと肩を落として悲しんでいる新八姫を見かねて、山崎が友達の鳥達や魚達に頼んでその青年の噂を集めます。

「新八くーん!あの人間あそこの国の王子様だったよ。真選国のソーゴ王子だって。なんか、嵐の夜に海に落ちて隣国まで流されてたらしいよ?」

新八姫が運んだ海岸は隣国だったのです。
なので、青年はここ数日海岸には現れなかったのです。

「でねー、そこの国…夜兎国って言うんだけど、ソコのお姫様がソーゴ王子を助けた、って事で二人は結婚するらしいよ。」

「え…?結婚…?」

「王子の方は嫌がってるみたいだけど…『俺を助けたのは別の女でィ!』とかって捜してるらしいけどさー…」

山崎がチラチラと新八姫を見ると、泣きそうな顔で唇を噛み締めていました。
嵐の夜に王子を助けたのが新八姫で、姫が王子を好きになっている事を山崎は知っていました。
だから…つい、口を滑らせてしまうのです。

「そういえば、昆布の森の向こうに住んでる魔女は、人魚を人間に出来るって聞いたなー…」

「本当に!?」

「うん、でも…」

山崎が最後まで言葉を発する前に、新八姫は魔女の元に泳いで行ってしまいました。

「ちょ!新八君ー!それには代償が…あー行っちゃった…」

まぁ、あの魔女ならちゃんと説明してくれるか。
山崎はそう思ってゆっくりと魔女の家へと向かったのでした。