落ち込み姫とヤキモチ王子



ちょっとサボった保健室の帰り、偶然国語科準備室の前を通ったら銀八に捉まった。

「お〜、沖田君丁度良い所に。このテスト教室に持ってって皆に返しといてくんない?」

馴れ馴れしく俺の肩に手を回して、逃げないようにがっしり掴まれる。
いつもだらだらしてるくせに、意外と力強ェなァコイツ…

「は?何で俺が…ってか、テスト見ちまって良いんですかィ?」

「いーのいーの。な?頼むって。アメやるから。」

にいっと笑っていちごみるくを俺に押し付ける。
まぁ、アメは貰っときやすがね?

「めんどくせぇ…」

「あ、そんな事言って良いの?オマエがやんなかったら志村呼び出しちゃおっかな〜?アイツなら文句言いつつちゃんとやるし〜?」

…めんどくせーけど…パチ恵が呼び出されんのはなんか気にくわねェ…

「…判りやした…」

「じゃ、よろしく〜」

銀八が、にやっと笑って俺にテストの束を押しつけて、だらだらと準備室に戻っていきやがる…なんかムカツク…
でもまぁ、クラスのやつらの点数でも見て気晴らしでもするか。
気を取り直して、パラパラとテストを見てく。

土方…は…良くも悪くもねぇ…中途半端な野郎だぜィ…山崎…お、意外と点数取ってるじゃねぇか…なんかムカツク。
近藤さんは…まぁこんなもんだろィ。
お、姐さんはスゲェなァ…チャイナは…まぁ…頑張れ…

パラパラめくって見ていっても、パチ恵の名前がねェ…あれ…?…見逃した…?

ちょっと立ち止まって、もう一回初めっからめくっていく。
えーと…志村志村…

姐さんの次に見付けた『志村』ってェ名前は、『八恵』ってぇ名前で…八恵…?
…パチ恵じゃァねェのかィ…?アイツの名前…
本当は…八恵…ってぇ名前だったのかィ…?

…何でィ…俺は知らなかったぜ?そんな名前、今日初めて聞きやしたぜ…

なんだかモヤモヤしたまま教室に戻ると、ちょいと怒ったパチ恵が俺の前に立つ。

「ちょっと沖田君っ!何サボってるの?ダメだよサボっちゃ…」

「…別に…」

「別にじゃないでしょっ!?卒業出来なくなっても知りませんからねっ!?」

「…ちゃんと計算してらァ…」

俺がふいっと横を向くと、パチ恵が心配そうな顔になる。

「…一緒に卒業したいし…追試とかになったら一緒に居れる時間も減るんだよ…?」

ちょっ…コイツ…何可愛い事言ってんでィ!
目ェうるうるさせながら見上げてくるし…

…でもコイツは…俺に名前教えなくて…

俺が無視してクラスのやつらにテストを返し始めると、パチ恵の目が更に潤んで涙が零れそうになる。

「ちょっ…何なんでィ!?」

「後で良いよっ!皆のテスト、返したらっ!?」

「なっ…何で怒ってんでィ…」

むしろ怒ってんなァ俺の方だぜ?
そうだ、俺は怒ってんだ。
胸がギュっとなって、気分が沈んでんのは怒ってるせいでィ!
そうに違いねェ!

全員にテストを返し終わってパチ恵に話しかけようとすると、数学の坂本が教室に入って来た。
…コイツ意外とうるせェから、話は後でィ…早く授業終わんねェかな…



そわそわしながら受けた授業も何とか終わって、俺がパチ恵を呼ぶと、パチ恵はぷん、とそっぽを向きやがった…
ムッとしたんで三つ編みを引っ張ると、痛い!と言って俺に向き直る。

「…何よ…?」

「何だは俺の台詞でィ。何怒ってんだよ、むしろ俺が怒ってんだぜ?八恵さんよォ。」

わざとらしく本名で呼んでやると、パチ恵がきょとん、とする。

「うわ、珍しい…沖田君が私の事本名で呼んだ…」

「…やっぱり八恵、って言うのかよ、オマエ…」

「うん、そうだよ?知らなかったの…?」

「知らなかったの、って…」

何事かと俺達の話に聞き耳を立ててたやつらがざわめく。

「パチ恵、ギメイだったアルカ!?」

「イヤイヤイヤ、あだ名だから。って、神楽ちゃんも知らなかったとか…?」

「オウヨ。」

チャイナが胸を張って言うと、パチ恵ががっくりと項垂れる。
クラスのやつらも、えーっ!?とか言ってやがる…
知らなかったなァ、俺だけじゃ無かったのかィ…

「私ちゃんと自己紹介の時言ったのになぁ…どんだけ私の話聞いてないの?皆…」

でっけぇ目でじーっと見られっと、何か悪ィ事したみたいじゃねぇか…

「…悪ィ…」

俺が言うと、パチ恵が更に項垂れる。

「沖田君は知ってると思ってたのに…」

「だってオメェ、教えてくれねェから…」

「当然知ってると思ってたもん。だって住所やメアドまで、教えてないのに知ってたし…ってえっ!?コレって軽くストーカー!?」

びくっと姿勢を正してずりずりと俺から離れる…
何言ってやがんだ、コイツ…

「失礼な事言うねィ。俺ァ全部山崎に聞きやした。」

「えっ!?山崎君…?」

パチ恵がじとりと山崎を見ると、山崎があわあわと慌てだす。

「や、そんなの住所録とか…メアドは姐さんに教わったし!俺、そんなんじゃないし!」

あわばばば…とか言ってる山崎は放っといて、俺がパチ恵の腕を掴んで俺の方に向けると、痛い!とか言いやがる…

「…なんで名前教えてくれなかったんでィ…いっつも俺ァパチ恵、って呼んでただろィ?」

俺がぐいっと近付いてやると、パチ恵が真っ赤になる。

「そんなっ…だって…わざわざ八恵って呼んで、とか言うの変じゃない…なんか…恥ずかしいし…」

真っ赤な顔のまま、上目遣いで俺を見上げる。
なんでィちくしょう!どうされたいんでィ!?コイツ…

「それでも俺ァオメェの口から聞きたかったぜィ…」

パチ恵をそっと抱きよせて、あごを固定して唇を奪おうとしたら、後にぐいぐいと押される…

「何すんでィ、八恵…」

「うっ…ここっ…教室っ…!名前で呼ばれたからって流されないもん!皆見てるし…」

「何でィ、恥ずかしがり屋さんだなァ、八恵は。皆が見てねェ所でなら良いのかィ?」

俺がニヤリと笑うと、又真っ赤になってうろうろと目線を泳がせて、こくりと頷く。

「八恵…ソレ、あおってやすぜ…?」

「あー、もうっ!八恵って言うのやめて下さいっ!…何か…照れる…」

「あー、判った判った。んじゃ、口説く時だけ呼びまさァ、八恵って。」

「やーめーろーよー」

ぱたぱた暴れるパチ恵は可愛いし、本名は皆知らなかったみたいだし、許してやるか。
一回ぎゅうっと抱きしめて、そっとパチ恵を離してやった。




あらあら、八っちゃんったらバカップル。
でも…あんなに仲良しなら…いけそうな気がするわ…

プロジェクトB、発動ね

背後から何か恐ろしい気を発して、八恵の姉、妙の目がきらりと光った。


END