ちょこれいとの日(パチ恵篇)



2月にはいると、もうそこいら中。

カラフルな色彩と、甘い香りが空間を埋め尽くす。

女共にとっての一大イベントが始まるからなァ。

まぁ、俺ら男にとっても一大イベントだ。特にモテない男には。

俺は毎年イライラするだけで、特に甘酸っぱい何かが有る訳でもないちょっと鬱陶しい日だった。



そう、去年までは。

でも、今年は違うんでィ。

この俺にとっても今年のバレンタインデイは一大イベントで。


何をどうしたか好きになっちまったあのコに、チョコを貰えるか一日モヤモヤしちまうんだぜ、きっと…




確か、去年もあのコは関係者全員にチョコを配ってた。
義理感まるだしの、安っすい不格好なチョコレイト一個だったけど、それでもお返しの菓子を期待してたんだろうねィ。
その時の俺は、たまたま気紛れに、俺の周りをそわそわチョロチョロしてたあのコにコンビニでホワイトデイ用の菓子を買って与えた。


それが間違いだったのか運命だったのか。


それは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべたあのコに俺の心は掻っ攫われちまったんだ。
太陽みたいに暖かく笑うあのコの背後にひまわり見えちまったもん。仕方ねェよな。


それからは、俺があのコに逢いに行くようになった。
おっそろしい事に、毎日一回は顔を見ないと落ち着かない、って近藤さんの言葉が解るようになっちまったんだ。

話す度に心地よくって、ドSな筈の俺があのコになら怒られたいなんて思っちまって、ワザとあのコの近くで仕事をサボったりもした。

そんな事してるうちに俺達は『顔見知りの知り合い』からは、もうちっと親しくなったと思う。


だから…


今年はその他大勢の義理チョコじゃ無くて、友チョコぐらいには格上げされたんじゃねェかなァ…なんて期待したり…





そしていよいよバレンタインディ当日。

俺はいつもあのコが通る公園のベンチに、いつものように寝っ転がって仕事をサボってる。
この時間は大江戸ストアでタイムセールがあるからねィ…あのコは毎日絶対ココに来るはずなんでさァ。


余裕でいねむりしてるポーズで五感だけは戦闘中並みに張り巡らしてっと、パタパタコツコツと聞き慣れた足音が俺に近付いてくる。

…一人余計なのまでついてきてやすが………でも、あのコが来てくれた。


全身の緊張をといて本気でダラダラとベンチに寝転ぶと、あのコの足音だけが俺に近付いてくる。
なんでィ珍しい。アイツが気ィ使ってんのかよ…


「あのっ!沖田さん…」

緊張したような声。
俺がムックリと起き上がって愛用のアイマスクをズリ上げると、真っ赤な顔をしたあのコ…


え…?
コレ…告白じゃね…?


「…どうしたんでィ、パチ恵ちゃん。」

俺の声まで緊張しちまうじゃねェか。
まぁ、ガチガチなパチ恵ちゃんには伝わってねェみたいだけど、後ろに控えてるチャイナにはバレちまってるみたいでニヤニヤ笑ってやがるムカつく。


「あの…今日、バレンタインディなので…」

「あぁ、そういやァそうでしたっけ。なんか女共が騒がしいと思いやした。」


実際屯所の周りは結構な騒ぎになってて、山崎が受付やらされてたんですけどねィ。

俺には関係ねェし。

俺が欲しいのは、パチ恵ちゃんのチョコだけだし。


「うっ…沖田さん、沢山貰ったんですよね…?もうチョコ…」

「いんや。俺にチョコ渡すような物好きは居やせん。」

「本当ですかっ!?」


嘘でィ。
屯所の俺の部屋には、ダンボールに詰められたチョコが運ばれてる筈でィ。

でも、一瞬で安心したように微笑む顔が見れるんだから、そんな事俺は言いやせん。


「おー。一個ぐらいは欲しい所ですけどねィ。」

「じゃっ…じゃぁあのコレっ!去年より大きくしたんですよ?沖田さん物足りなかったって言ってたし…お返しくれたし…」

「今年も期待しときなせェ。」


俺が他には見せない顔で笑って言うと、遠くでチャイナがビックリするほど顎を落とした。
アイツ大丈夫か…?

そんな瑣末な事に気を逸らしちまった隙に、ギクシャクと俺にチョコを渡しに近付いてたパチ恵ちゃんが、つまずいた。


パチ恵ちゃんが差し出すキレイにラッピングされたチョコレイトの箱が、どんな奇跡か丁度俺の口目がけて突き出される。

ヤベェ。
このままじゃスゲェ格好悪ィ所見せちまう上に痛い。

そう思った瞬間、俺の極上の反射神経がパチ恵ちゃんの手ごとチョコレイトの箱を掴んで振りおろす。

叩き落とさなかった俺スゲェ。

すると、くるりと回ったパチ恵ちゃんが、綺麗に俺の膝の上に着地して、スゲェ近くで見つめ合う形になった…上目づかいは反則だろィ!!!!


「…あの…沢山食べて下さい………ってギャァァァ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいィィィ!!!!!!」


我に返ってバタバタ暴れて降りようとするけど離してなんかやるもんかィ。


「いただきやす。」


ブチキレた理性のまんま、俺はチョコレイトより甘そうなパチ恵ちゃんを頂いた。




その後の阿鼻叫喚は、今までのどんな闘いよりもハードだった。
マジでちょっとだけ花畑の向こうに姉上が見えた。
保護者が多すぎるんでィ!

でも、それよりも何よりも。
その時のパチ恵ちゃんの恥ずかしそな幸せそうな笑顔は、今でも俺の心のアルバムのベスト3に入るぐれェ可愛いものだった。



END