そーっとリモコンをテーブルに戻してパチ恵を見ると、ホッとしたようなパチ恵が涙目で俺を見る。

「十四郎お兄ちゃん…そっち行って良い…?」

「おう。」

平静を装って俺が言うと、そろそろと近付いてきたパチ恵が俺の足の間にすっぽりと納まって、ぴったりと背中を俺にくっつけてきた。



そっ…そんな所に入っちゃメッ!だろうがァァァ!!
おにーちゃんはお前をそんな娘に育てた覚えはありませんんん!
十四郎の十四郎が十四郎するだろうがァァァ!!!



「こっ…怖いよぅぅぅ…でも…途中でやめたら呪われるようぅぅぅ…」


俺にぴったりとくっつきながらも画面から目を離さないパチ恵はガタガタと震えちまってる。
こんなの…パチ恵が気になって何も頭に入ってこねぇよ!
落ち着け!
落ち着け十四郎!!
お前ならやれる!お前なら平静を装える頑張れ十四郎ゥゥゥ!!


「大丈夫だ、俺がついてる。」

「とっ…十四郎お兄ちゃん…離れないでね…?」

「背後は任せろ。」

「うん!」

俺が後ろからぎゅうっと抱きしめると、パチ恵の震えも止まった。
あー、畜生柔らかい…良い匂いもする…
ホラー映画が…それもかなりえげつないのが目の前で流れてるってのに全然気にならねぇ…こんな事あるんだな…
パチ恵が俺の腕の中に居てくれたら、俺はいつだって無敵になれる。
やっぱり…手離したくねぇ…俺だけのパチ恵にしたい…


産まれて初めて最後まで観たホラー映画の内容は、全く記憶に残って無かった。
そんな事より触れていた身体の柔らかさや、パチ恵から香るなんとも言えない香りや、涙目の表情ばかりが記憶に残って身体中が熱くなりやがる。

「十四郎お兄ちゃんって、恐い映画は全然平気なの?」

そーっと俺を見上げてくるパチ恵の潤みきった瞳が堪んねぇ。
なんだコイツ、誘ってんのか?

「こんなの作りもんだろ。」

そう強がってやると、パチ恵が驚いたような表情で俺を見てくる。
何だ…?

「だって、総悟君が十四郎お兄ちゃんはオバケは苦手だって言ってたんだもん。苛められたら脅かしてやれ、って。」

…総悟…アイツ余計な事言ってんじゃねぇよ!!

「そんなの子供の頃の話だ。」

「そうだよね!ずっと私の事守ってくれてたもん…すっごく頼もしかったよ…?有難う、十四郎お兄ちゃん…」

照れたように笑ったパチ恵が、そっと伸びあがってほっぺチューをして、恥ずかしそうに駆け去っていった…

アレ…?これ、いつもの家族チューと違わねぇか…?

パチ恵…俺に惚れた…?


…イヤ、過度な期待は止めよう………





その日の夜中。
全く記憶していなかった筈の映画の内容は、布団に入って目をつぶると俺の脳内で律義に再生された。


何でだァァァ!
いらねぇよ!
こんな記憶いらねぇよ!!
それよりあん時のパチ恵を再生しろよ俺ェェェ!!!


その時、静まりかえった家の中で眠れない上頭も冴えちまった俺の部屋に向かって、ぺたり…ぺたり…と廊下を歩く足音が聞こえ…そして俺の部屋の前でピタリと止まる。そして、コン…コン…と力無いノックの音が………


ギャァァァ!きっ…来たァァァ!?


「お兄ちゃん…一緒に寝ちゃダメ…?」

例のアレかと思ったら、それはお気に入りのぬいぐるみを抱きしめて、泣きそうな顔で俺の部屋を覗くパチ恵だった。
イヤ、恐くなんかなかったし?
パチ恵だと思ってたし?

…ってそれより今コイツ、スゲェ事言わなかったか………?

「一緒に…?」

「あの映画が浮かんできて眠れないの!このコと一緒でも怖いんだもん!!」

涙を目一杯溜めたパチ恵は可愛いし。
俺もパチ恵が居ればあの女は出てこない。

一石二鳥だろ、コレ。
決してやましい気持ちな訳じゃないし。
パチ恵の為でもあるからな、コレは。


「…仕方無ぇな…」

そう言って布団を捲ってやると、嬉しそうに笑ったパチ恵がぬいぐるみと一緒に俺の布団に飛び込んできた。
ぎゅうぎゅうと抱きついてくるパチ恵は可愛いし暖けぇ。
すぐに寝ついちまったパチ恵と俺の間からぬいぐるみを避けてパチ恵を抱き直すと、柔らかさと暖かさで頭が一杯になる。

そうしたら、もうあの映画が入り込んでくる隙間なんかどこにもねぇから。

俺達は朝までぐっすりと眠る事が出来た。





次の日の朝。
私達が起きていくと、晋助お兄ちゃんが朝ご飯を作ってくれていた。
朝帰りだったのかな…?

…っと!

「晋助お兄ちゃんのウソツキ!この映画、恐い映画だよ!?私怖いの苦手なのに!!」

私が腰に手を当てて文句を言うと、ムッとした晋助お兄ちゃんが私を睨んできた。

「んだよパチ恵ぇ…先に観たのか…?今日一緒に観るって約束だったろ…?」

あ…そうだった…勝手に先に観ちゃったの私だよ…でも!

「それはごめんなさい!でもすごく面白い映画って言って怖い映画観せようとしたでしょ!?」

「話は凄く面白いんじゃねぇのか?」

こくり、と首を傾げて言われるけど、内容なんか覚えてないよぅぅぅ…

「怖くって覚えてないよ…」

「それじゃ…俺も観るから今日もう一回観ようぜ。」

にやぁり、と笑った晋助お兄ちゃんの顔が、昨日の女の人の顔と重なった…!キャァァァ!!

「ぜっっったいイヤっ!あんな怖いの、もう絶対観ないもん!!」

走って十四郎お兄ちゃんの所に行って抱きつくと、私を後ろに庇ってくれた!
十四郎お兄ちゃん素敵!


その後、晋助お兄ちゃんの機嫌はすっごく悪くなっちゃったけど、あんなのもう絶対観たくないもん!
それに十四郎お兄ちゃんは私の味方だもんね!
晋助お兄ちゃんなんか、全然怖くないんだからね!!


…でも…一緒に観るって約束を破っちゃったのは私だから…
今日の帰りに何か楽しい映画を借りてきて、それを晋助お兄ちゃんと一緒に観ようかなぁ…って思いました。


END