10倍返しは程々に



聖バレンタインディ。
この国でのその日は女が男にチョコレイトを差し出すってェ菓子屋の陰謀渦巻くおっそろしい日で、俺にとってはおかしな女共に囲まれる、ただただ鬱陶しいだけの日…だった。去年までは。

しかーし!今年は遂に、俺にも本当の意味でのバレンタインデイがやって来やがった!
それも、この俺が密かに想いを寄せちまってるあのコから。
あの日の事は、目を瞑れば今でも鮮明に想い出せらァ…


必死に俺を探してくれたのか、息が上がった顔は真っ赤に染まってて…俺を見付けて嬉しそうに駆け寄ってきたあのコは、上目遣いの満面の笑みでチョコレイトを差し出してくれた。
『沖田さん!これ、バレンタインデーのチョコレートです!お口に合えば良いんですけど…』
そう言って小首を傾げたそのあまりの可愛さと信じられない程の嬉しさで、ソイツを受け取る時には恥ずかしながら俺の手は震えちまってた。
それでも受け取ってすぐに『俺も好きだ』と返事してやろうと思ったのに、慌てて俺の前から走り去ったのは、きっとあのコも恥ずかしがってたからに違いねェ。
そんな謙虚な所もスゲェ好感持っちまうのは、惚れた欲目ってヤツですかねィ?
貰ったチョコレイトは少し不格好だったけどスゲェ旨くって…本命チョコってェのは他の雑魚とは全然違うんだなァと思いました。


善は急げと次の日すぐにあのコにプロポーズしに行こうと思ってたってェのに、朝の食堂で俺はとんでもない事を聞いちまった。
バレンタインデイの返事ってェのは1カ月後のホワイトデイにするもんで、その時に返す菓子に意味が有る、って…

そんなん俺知らねェし!
何より間違った菓子をやったら断る事になっちまうってどういう事でィ!?
そんな危険な行事なのかよホワイトデイ恐るべし!!

そっと気配を消して聞き耳を立ててっと、皆言う事が違ってどれが正解なのか判りゃしねェ…
俺ァ…あのコに何を返しゃ良いんでィ…?


恥を忍んでモテ男の土方に聞いてみると、
『ソイツが好きな菓子やれば良いだろ。』
なんて生温かい目で言いやがったんで、ムカついてバズーカをお見舞いした。

やっぱりこういう事は近藤さんに…と思って聞いてみると、
『指輪と婚姻届と心意気だな!』
と嬉しそうに言ってくれた。
そうか、指輪…やっぱりあのコもキラキラしたのが好きなのかねィ…?
でも…なァ…未だに姐さんが近藤さんに落ちて無いってのは…正解じゃ無い気もしないでもねェ…





そんな風にウダウダ考えたまま迎えた3月14日ホワイトデイ。
両方の良いとこ取りであのコが好きな指輪を渡そうと決めた俺は、確実にあのコに逢える大江戸ストアのタイムセールの時間に出待ちをしている。

イザとなると心臓がバクバクいいだして嫌な汗が全身止まんねェけどこんな事でヘタれる俺じゃねェ!
あのコは俺の返事を待ってる筈なんでィ!



暫く物陰で待ってると、思った通り買い物かごをぶら下げたあのコがホクホク顔で店から出てきた。
…やけに荷物が多いな…昨日にでも仕事が有ったんですかねィ…?
イヤ、そんな事ァどうでもいい。今はホワイトデイだ!


「よう、パチ恵ちゃん。」

俺が颯爽と現れると、パチ恵ちゃんはスゲェ嬉しそうに満面の笑顔を向けてくれる。
コレ、やっぱり返事待ちじゃね?待ち望んでね?

「こんにちわ沖田さん。見廻りですか?」

「おう…まぁそんな所でさァ…」

さりげなく荷物を取り上げると、その中にはタイムセールの戦利品に混じって可愛らしくラッピングされた箱が沢山入ってて…何だ…?ホワイトデイ…?
まぁ良い。くだらない事ァ気にしねェ。
さり気なく宝石屋の方向に誘導しつつ世間話に花を咲かせる。

「そういやァパチ恵ちゃんは貴金属はお好きですかィ?」

「え?貴金属って…」

「女子力低いねィ…ネックレスとかイヤリングとか、指輪、とかでィ。」

ヤベェ、指輪ってトコで緊張しちまった。
そっと様子を窺うと、脹れっ面で俺の方を睨んでいやがる…

「悪かったですね、女子力低くて!そりゃ私だって女子ですから?アクセサリーの類は綺麗だなって思いますよ?でも、そんな余裕ウチには有りませんから。」

プイッと横を向くと、おさげがぴょこんと跳ねる。可愛い。

「へー…何も持ってないんで?」

「持ってませんけど、何か?」

ジトリと俺を睨む半目すら可愛いじゃねェか畜生!

「んじゃ、ココ見やしょうぜ。」

宝石屋の前に着いたんでパチ恵ちゃんの腕を掴んでそのまま店に入っていくと、慌ててぱたぱたと暴れ出す。
でも、逃がしゃしねェよ。

「おっ…沖田さんんん!?」

「すいやせーん、貴金属見して下せェ。」

「いらっしゃいませ。」

恐いくらいの笑顔の女店員が寄ってくると、パチ恵ちゃんが固まった。
その隙にこっそり俺の事情をその店員に話すと、ニヤリと笑ったソイツがスーッと俺達から離れていく。

「ごゆっくりご覧下さい。」

「だそうですぜ?見るだけならタダでィ。思う存分見やがれィ。」

「え…?沖田さん何言ったんですか…?」

事情が分からないでオロオロする顔も良いけど、やっぱりパチ恵ちゃんは笑顔の方が良いねィ。

「アイツ貴金属なんも持ってねェからちょっとだけ見せてやってくれィ、って言いやした。」

「なっ…!?何て事言うんですかァァァ…!…っと…」

真っ赤になって思いっきり突っ込んだパチ恵ちゃんが、今居る場所を思い出して自分の口を塞ぐ。

「…じゃぁ…折角だからお言葉に甘えます…」

小声でそう言っておどおどと近くのショーケースを見始めたパチ恵ちゃんは、だんだん目をキラキラと輝かせて俺の腕を引っ張ってあっちにこっちにと移動して嬉しそうに貴金属を見始めた。

「沖田さん!コレ可愛いですね!!」

とか

「こっちも可愛いです!」

なんてその度に俺を見上げてニコニコ笑うアンタの方が可愛いんでィ!
普段見慣れない顔を沢山見過ぎて暑っつくなっちまったんで、さして興味もねェけどそこいら辺のショ-ケースに目を移す。
と、ふと目に飛び込んできた指輪がスゲェパチ恵ちゃんに似合いそうで…

「コレ、パチ恵ちゃんに…」
「でも、一番可愛いのはこれかなぁ…」

俺が指差した指輪をパチ恵ちゃんも丁度指差してて…指先が触れちまった!

「すっ…すまねェ!」

「イエ!あ!沖田さんコレも素敵です!!」

真っ赤になって向こうに行っちまいそうになるんで、左腕を掴んで引きとめといてさっきの女店員に目配せすると、音も立てずに俺達に近付いてきて、瞬く間に沢山わっかの付いた何かをパチ恵ちゃんの指にはめて何事も無かったように去っていきやがった…忍かィ…?

「…今あの店員さん何を…?」

「俺にも判りやせん…」

二人で首を傾げつつ続きを見て回っていると、俺の後ろから忍び寄ってきたさっきの女店員が、小箱に入れられたさっきの指輪を俺に見せてニヤリと笑って頷いた…コイツマジで忍なんじゃね…?
そっとパチ恵ちゃんに気付かれないようにカードを渡して指を一本立てると、又スーッと去っていった…もうアイツ忍だな。決まりでィ。

パチ恵ちゃんが一通り店の中を見終わった頃にはこっそり支払いも終わってて、俺が奪った荷物の中に可愛らしい小袋に入ったあの指輪は納まってた。

「思う存分見やしたか?」

「はい!凄く楽しかったです!!」

「そりゃ良かった。」

「1人じゃ入れないような所だから…沖田さんが居てくれて良かったです、有難うございました。」

本当に嬉しそうな笑顔が見れただけで俺ァ幸せ感じちまってるんですけどねィ…本番はこれからでさァ!
もっともっと嬉しい笑顔、見せてくれィ。
あ、嬉し過ぎて泣いちまうかもなァ!

「あの、お店見せて頂いて有難うございました。見るだけですみません!いつか買いに来たいです!!」

いつの間にか後ろに居た女店員にもパチ恵ちゃんは笑顔で頭下げてっけど、ちゃんと買い物してるんですぜ?

「いいえ、良いんですよ?優しい恋人がいらっしゃって羨ましいですわ。」

「えっ…!?や!あの!!違います!沖田さんは恋人じゃないです!!」

これ以上無いぐらい赤くなって必死で否定しなくても良いじゃねェか…ちょいと落ち込みやすぜ…
もうすぐ恋人になるんですぜ?まだ言ってねェけど。

「違いますからァァァ!」

全否定のパチ恵ちゃんに引き摺られて店を出た俺は、打たれ弱さのままとぼとぼと歩きだした。

「あの…すみません沖田さん…私なんかとあんな誤解されて…御迷惑だったですよね…ホントすみません!」

「え…?」

深々と頭を下げるパチ恵ちゃんのつむじ、綺麗でさァ………って!
俺の事想っての否定だったんですかィ…?俺が嫌だったんじゃ無くて…?

ガッシリと肩を掴んでパチ恵ちゃんを俺の方に向けると、驚いた顔で俺を見上げてくる。
今…なんじゃね?
指輪渡すの今じゃね?

「誤解…じゃなくしやせんか…?俺も、パチ恵ちゃんの事…好きですぜ…」

俺に出来るだけの真面目な顔でジッと見つめながら、そっと指輪を取り出して左手の薬指にはめる。
ソイツはパチ恵ちゃんの指にピッタリで…良い仕事してやすぜ、忍の者…

ぽかん、と俺を見つめてくるのは、嬉し過ぎてビックリして信じらんねェ、ってとこですかィ?

そっと左手を持ち上げて、キラリと光る指輪にキスするとピクリと反応が返ってくる。
さぁ俺の胸に飛び込んで来なせェ!
俺が両手を広げると、パチ恵ちゃんの眉間に皺が寄る。

え…?

「えっと…『も』って…って…えぇぇぇ!?沖田さん私の事好きなんですか!?ってこれ!これあのお店に有った指輪…え…!?何がァァァ!?何でェェェ!?」

目の前でみるみる赤くなったパチ恵ちゃんの顔が青くなって又赤くなって目がグルグルになる。
この反応は…何なんでィ…?
むしろ俺が判んねェよ!

「パチ恵ちゃんバレンタインデイにチョコくれたじゃねェですか…」

「あれは皆さんに差し上げてます!義理チョコです!!真選組の皆さんだったらお金持ちだからホワイトデーにお菓子貰えるかなって…」

「え…?手作りなのに…?」

「貧乏なんだから仕方ないでしょ!?手作りの方が安上がりだったんです!!」

大慌てで指輪を外したパチ恵ちゃんが、俺にグイグイと指輪を押し付けてきやがる。
そんなん返してもらったって…俺にどうしろっていうんでィ…酷ェ女でさァ…

「…それはバレンタインデイのお返しでィ…10倍返しって言うんだろィ…」

「そんなお返し聞いた事有りません!頂けませんよこんな高価な物!!」

手渡しして来ようとするんでグッと手を握り込んで受け取らないでいたら、今度はポケットに入れてこようとするんでヒョイヒョイと避けてやると息を切らしたパチ恵ちゃんが動きを止めた。

「俺に返されても困りまさァ。それに気に入ってたんだろ?ソレ。」

キラキラ光る指輪を見つめると、パチ恵ちゃんがほわりと笑う。

「…はい…」

「んじゃ大人しく貰っときなせェ。」

そう言うと、ジッと俺を見つめてきやがる。
そんな困った顔してんじゃねェよ…

「でも…」

チラチラと指輪と俺を見比べてるのは何なんでィ。
俺の事ァ嫌いだってのか…?

「私は沖田さんの恋人じゃないし…チョコは誤解なので…左手の薬指に指輪は…」

真っ赤になったパチ恵ちゃんがまだしつこく指輪を返してくるんで、そのまま受け取って小箱にしまって俺が持ってた荷物に突っ込んだ。
そのまま俺が歩き出すと、パチ恵ちゃんもトコトコと俺の後ろをついてきた。



無言のまま万事屋の前まで歩いて来て俺が立ち止まると、背中にパチ恵ちゃんがぶつかってくる。
構わずに振り向いて持ってた荷物を差し出すと、慌てて俺から受け取った。

「あの…っ」

「やっぱり指輪はパチ恵ちゃんにやりやす。気になんなら茶出してくれる時に茶菓子もよろしく頼まァ。ま、俺の彼女になってくれんのが一番手っ取り早いんですけどねィ…駄目ですかィ…?」

近付いて顔を覗き込むと、顔を真っ赤にすんのにねィ…
これで嫌いだってんなら俺ァ一生女心は判んねェや。

「私っ…!沖田さんをそう言う目で見た事なくて…分かりません…!そんな気持ちで彼女には…なれません…」

…嫌い、じゃなくて、判らない、ですかィ…
そんじゃァまだまだ望みは有るって事ですよねェ…これから好きで好きで堪んなくなる事も有るって事ですよねィ…?
それなら…

「んじゃァ…本気出して落としますか。覚悟しなせェよ?パチ恵ちゃん?」

そのまま近くでニヤリと笑って早々に立ち去ると、後ろから俺を呼ぶ声がする。
でも、もう振り返ってなんかやらねェ。
暫くじっくり俺の事考えて下せェよ。
折角だからキスの一つでもしちまおうかと思ったけど、流石にそれはまだ早ェよな。
でも、すぐにでもその指にお気に入りの指輪をはめさせてやるから…

俺と幸せになりやしょうぜ、パチ恵ちゃん。


END