「姉上すみません、実は折り入ってお話が…」

「なあに?新ちゃん?」



白いお話



志村家居間。

緊張した面持ちで正面に姉上を見据え、僕はキッチリ正座でどうやって話を切り出そうかと悩んでいる。
いくら実の姉だからって…イヤ、実の姉だからこそ言い出しずらい。弟の僕がこんな事…姉上に白い目で見られたら…イヤ、逆に悲しい顔なんてされたら僕はどうしたらいいんだっ…僕がそんな事を考えてずっとモジモジしていると、姉上の我慢の限界が来たらしい。

「新ちゃん?私、そんなにヒマじゃぁないんだけど?………何か言いたい事があんならサッサと言わんかい、
ゴラ!!

姉上の背後に般若が見えた…
僕は慌てて言いたかった事を言う。…言わないと殺される………

「すっ…すみません姉上っ!あの、今日1日姉上の着物を1枚貸してはもらえませんかっ?」

姉上の背後から般若が消えた。
ぽかん、と言う顔を浮かべてから、姉上は笑った。
…まるで、悪巧みをしている沖田さんのような笑顔を…

「そんな事なら早く言えば良いでしょう。さぁ、すぐに着付けしちゃいましょ。」

お化粧もしなくちゃねぇ…と、ものっっっっっっっっっすごく楽しそうに僕の手を引き、姉上の部屋に連れて行かれた。そして、姉上の持っている全ての着物を、アレでもない、コレでもないと合わせられた。
…イエ、姉上、何か適当な物で良いんですけど…

「あの…姉上…?」

「ダメだわ!どれもイマイチピンとこない!新ちゃん、出かけますよ。」

僕は又姉上に手を引かれて、どこかに連れて行かれる。
…なんでこんなオオゴトに………

着いた先は姉上の勤める『スナックすまいる』だった。

…まさか………

「お店にはもっと華やかで綺麗な着物が沢山有るのよ?新ちゃんの可愛らしさが引き立つような着物を選んであげるわ。」

こんな楽しそうな姉上を見たのは久し振りだ。
…もう…誰も姉上を止められない………

衣装部屋には姉上に呼び出されたのか、2・3人の女の子達が居た。
全員何か嬉しそうで…獲物を捕まえた肉食獣の目をしていた…

「ちょっとお妙、本当にこのコで遊んでいいの―?」

「う―んと可愛くしてあげますからね?期待しててね、新ちゃん。」

……あぁ……やっぱりやめとけば良かった…今更後悔しても遅いけど、後悔せずにはいられない。
どうなるの、僕……………

たっぷり1時間後、華やかな着物に身を包み、薄化粧され、ウィッグまで付けられた僕は、呆然とそこに佇んでいた。…イヤ、やりすぎでしょう、コレ………

「イヤ―――っ、新ちゃん可愛い♪」

「我ながら最高傑作ね!」

色々手伝ってくれた(もとい、遊んでくれた)女の子達が、満足そうにうなずく。
イヤ、可愛くなった方が良いんですけどね…?コレはちょっとやりすぎでは…

「新ちゃん、ちょっと座りなさい。」

イキナリ姉上が真面目な顔になって正座する。僕も正座しなきゃな…しかし、座りづらいな、コノ着物。

「新ちゃん、分かってると思うけど、ちゃんと今日中に帰ってくるのよ?帯も難しい締め方をしてるんで、変わってたらすぐにバレますからね?」

…姉上…?
僕が冷や汗をたらすと、姉上はちょっと笑った。

「今日はホワイトデーですものね。沖田さんの所に行くのでしょう?お付き合いは良いけれど、まだまだ新ちゃんは子供なんですから、清い関係じゃないと許しませんよ?」

…バレてる………

「姉上…僕は………」

ずしゃガラバタ―――――ン!!!!!!

いきなり廊下で何かがひっくり返る音がした。慌てて見に行くと、ソコには僕の頭の中にのみ存在すると思っていた沖田さんが転んでいた。艶やかな着物に薄化粧。目を見張るばかりの美女になって…

「…沖田さん…?」

「…新八…?」

お互いの姿に目を見張って固まっていると、女の子達がわらわらと出て来る。
隣の部屋から出てきた女の子達は何故か腰紐を沢山持って構えていた。

「あらあら沖田さん、綺麗になったこと。」

姉上が、ホホホホホ…と笑いながら、僕たちの間に割って入る。腰紐を構えた女の子達を制して、目で合図を送る。…なんか企んでたのか…?

「ウチの新ちゃんも可愛いでしょう?でも、ダメよ?今日中に帰してね?貴方の方の帯も難しい結び方しているから、ほどいたらすぐにバレるわよ?」

…姉上…沖田さんの格好は姉上が…?

「さぁ、綺麗所2人で、でえとでもしてらっしゃい。ナンパには気を付けてね?あ、それから着物は着たまま返しに来てね?変に脱いでどこか破りでもしたら、殺っちゃうわよ?」

姉上の背後に般若再び。
流石の沖田さんも、素直に頷く。


それから僕らは『すまいる』を追い出されてあてどなく町をブラブラする。
しかし、沖田さん綺麗だぁ―――…やっぱり元が良いと違うのかなぁ…僕がぼんやり見惚れていると、沖田さんが綺麗な笑顔をみせて僕の手を引いた。

「新八ィ、甘味処行きやしょうぜ、甘味処。折角のホワイトデーなんですぜぃ?姐さんの許可も出てる事だしでえとしやしょうぜ?でえと。元々そのつもりでこんな着物着たんですぜぃ?まさか新八まで同じ事してるとは思ってもみやせんでしたがね?似合ってまさぁ…可愛いですぜぃ。」

「おっ…沖田さんこそ綺麗ですっ………僕、惚れ直しちゃいましたよっ…アレ?沖田さん、着物は自分で着ようと思ったんですか…?え?もしかして…僕を喜ばせようとか思ってくれたんですか!?」

「当たり前だろぃ。オメェの為以外でこんな格好する訳ねぇだろがぃ。」

「…沖田さん…嬉しいですっ!!」

2人で笑い合いながら、手を繋いで甘味処まで走る。
途中で何人かの男の人が声をかけてきたけど、沖田さんが睨むと大人しく道を開けてくれた。
…君達の気持ち、分かるよ…沖田さん綺麗だもん…まぁ、中身はアレだけどさ………

甘味処で美味しくあんみつをいただいて、少しまったりする。ココは沖田さんがご馳走してくれた。ホワイトデーのぷれぜんとだと。

「あの、沖田さん…僕もプレゼント用意してるんですよ?姉上がここまですると思わなくって家に置いてきちゃったんですけど…渡したいんで一緒に家に来てくれませんか?」

「お安い御用でぃ。言われなくても新八を1人でなんて置いとけるかぃ。」

又手を繋いで家に向かう。
女の子の格好をしているからか、僕らが手を繋いで歩いていても特に違和感は無いらしい。
堂々と手をつなげるなんて…女の子の格好…良いかも………

家に着いて、お茶と一緒に用意していたクッキーを渡す。一応綺麗な紙でらっぴんぐもした。

「すみません、今月もピンチだったんで手作りなんですけど…お口に合えば良いんですが…」

「すげぇ、コレ作ったんですかぃ?新八が。愛情たっぷり、ってヤツですねぃ。勿体無くて食べられねぇや。」

「イヤ、カビますから。早く食べて下さい。」

いただきやーす、と手を合わせて僕の作ったクッキーを食べてくれる。
…どうかな…美味しいかな…?

「新八ィ、美味いぜ―、コレ。最高でさぁ!」

沖田さんが大げさに騒いで僕を抱きしめてくる。良かった〜、喜んでくれた!
僕がえへへ、と笑うと沖田さんが一瞬固まって後ずさる。…?どうしたのかな…?

「新八…着物苦しくないですかぃ?そろそろコイツを返して仕切りなおしといきやせんかい…?」

沖田さんがそろりと近付いてきて、掠めるようなキスをする。
姉上の背後の般若が威嚇してきた気がした。

「…そうですね、この着物、座りずらいですしね。サッサと脱いじゃいましょう。」

僕がちょっと顔を赤くしながら頷くと、沖田さんが僕の手を引いて『すまいる』に急ぐ。
店に着いて姉上にお礼を言って着替えようとしたら、大慌ての姉上に捕まった。

「新ちゃん、沖田さん、良い所に!女の子が足りなくて困ってるの。着物レンタル代でチョットだけお店に出てちょうだいね?」

…姉上…それは決定ですか…?

「イヤ、俺達は…」

沖田さんが何とか逃げようと口を開きかけると、姉上が何事かを耳打ちする。するとそれまで逃げ腰だった沖田さんがいきなりやる気になった。仕方ないんで、僕もお店を手伝う事にした。その日は本当に忙しかったらしく、ぼんやりしている暇は無かった。
そのまま延々と働かされた僕らが開放されたのは閉店してからで、やっと着替える事が出来た頃には、僕は姉上に捕まり、自宅に強制送還(姉上付き)された。沖田さんは文句を言いたげだったけど、姉上の般若に黙らされた。

折角のホワイトデーだったのに…もう少し沖田さんと一緒に居たかったな…
まぁ、姉上から逃げ出せるとは思ってないから、仕方ないけど………


後日、沖田さんの女装写真を姉上がくれた。
いつの間に撮ったんだ!?こんなの…まぁ、大事にするけどね。
そして、沖田さんは僕の女装写真を持っていた。あの時イキナリやる気になったのは、それが交換条件だったらしい…………


END