記憶



いつもと変わらない真選組屯所の庭に、いつもと違う光景がひとつ。
俺にはひまわりの花が咲いた様に見える、華やかな空間。
嬉しそうに笑う山崎と、頬を赤くして微笑む君。
手を繋いで立つ姿は、俺の心を深く沈める…

どうして…俺の愛情は、オメェに届かなかったんだろうねェ…
全身全霊を込めて、愛情を伝えてきた筈なんだけどねェ…

俺はオメェのそんな顔は見た事がねェや。
山崎相手だと、見せるんだねェ…



…新八ィ………



あぁ、深い…深い所まで沈み込んじまった…
こんな事にならねぇように、俺ァ冷静で居たつもりだったんだがねェ…
オメェにのめり込まない様に…縛り付けねェ様に…

もぅ…オメェと過ごした日々は…全て忘れてしまいたい…
そうだ、ひとつだけ願いが叶うなら…記憶を全部、消してしまいてェ…その記憶は眩し過ぎて…今の俺には辛すぎまさァ…


俺がふらふらと門に向って歩いて行くと、こっちに気付いた新八が、ふわりと笑って俺に向かって駆け寄ってくる。
何でィ、山崎のツラァ…何でオメェが、んな辛そうなツラしてんでィ…嫉妬深いにも程が有らァ…それァ俺の専売特許でィ…

新八の顔を見ながらも、動く足は止まらねェ。
ふらり、と門の外に出ると、丁度見廻りから帰って来たパトカーが間近に見えた。
すぐにドスン、という衝撃が俺を襲って、壁に叩きつけられる。

頭が…痛ェ………………
俺は…死んじまうのか…………?
ソレも良いか…このまま、ふたりを見ていたくねェや……………

「沖田さんっ!!!!!!!!!」

必死な顔の新八が見えた。
最後に見る光景なら…笑った顔が、良かった…

「…笑ってくれィ……新八ィ……………」

俺の意識は沈む…暗い……暗い場所へ…





「車のスピードが出ていなかったのが幸いしました、外傷はほとんど有りません…ですが…飛ばされた時に、酷く頭を打っています。暫くは絶対安静ですね。」

お医者さんが、暗い顔で病室を出ていく。
酷く不安な顔をした近藤さんが、お医者さんに深く頭を下げる。
土方さんも落ち着かないらしく、ベットの周りをグルグルと回っている。
山崎さんは、ベットの脇に座って、ずっと沖田さんの顔を見ている。

沖田さんは…まだ目を覚まさない…

アノ、事故が起こってから、丸1日が経った。

沖田さんは…僕の目の前で車に轢かれ、飛ばされて、酷く壁にぶつかった上、バウンドして地面に叩きつけられた。
僕が震えて固まってしまった足を無理矢理動かして駆け寄ると、まるで遺言のように笑えと言って目を閉じた。

その時になって、僕は思い知ったんだ…
世界の全てが崩れてしまうくらい、僕はこの人が大事だったって事を…
山崎さんに告白されて、ちょっとだけ嬉しかったのがいけなかったのかな…
そんな浮気心を持ってしまったから、一番大切な人を失いそうになったのかな…
だから…まだ目を覚ましてくれないのかな…
沖田さん…僕は、貴方が、大好きです…ちゃんと伝えますから…だから…早く目を覚まして…


沖田さんが病院に運ばれてすぐに、青い顔をした近藤さんと土方さんが駆け込んできた。
2人に押しやられた僕を、山崎さんが廊下に連れ出す。
あ…ちゃんと断らなきゃ…僕は、沖田さんが好きだから…

「山崎さん、ごめんなさい。僕は沖田さんが…」

「良いよ、新八君。そんな事俺は知ってたから。知ってて…わざと沖田さんの目の前で君に告白したんだから…」

「えっ…?」

「…悔しかったんだ。だから、ちょっと吃驚させようと思って、わざと沖田さんが通りかかる時間を選んで君を屯所に呼んだんだ…沖田さんが打たれ弱いSだって知ってたのに…こんな事になったのは、俺のせいだ…」

起きたらすぐに謝りたいから、と山崎さんはずっと沖田さんの横に陣取っている。

僕も…僕も沖田さんが目を覚ましたらすぐに逢いたいから…ずっと側を離れない。
銀さんと神楽ちゃんが迎えに来てくれて、僕を無理矢理連れて帰ろうとしたけど、我儘を言って病院に泊まらせてもらった。

…でも…沖田さんは目を覚まさない………
早く…早く目を覚まして…いつものように、新八ィ、って呼んでよ…

「沖田さん…早く起きて下さい…僕は…貴方に言いたい事が有るんだ…」

大人しく寝ているアイマスクの無い寝顔…
頬をするっと撫でると、沖田さんが身じろぎをする…

「あ…」

僕と山崎さんが立ち上がって沖田さんの顔を覗き込むと、沖田さんの目がすぅっと開く。

「沖田さんっ!」

「沖田隊長!」

「あー…?何だココ…?」

沖田さんが、寝たままキョロキョロと辺りを見回す。

「沖田さん、事故にあったんですよ?凄い勢いで壁にぶつかって…バウンドして地面に叩きつけられて…僕もう駄目かと…!!」

僕が手を握ると、不思議そうな顔で握られた手を見る。
あぁ、良かった!目を覚ましてくれた!!

「沖田隊長!すみませんでした!俺…俺…全部知ってたのに………」

山崎さんが泣きそうな顔で深く頭を下げる。

「何泣きそうな顔してんでィ?山崎のクセに俺に何か仕掛けたってェのかよ…そんな事より、コイツァ誰でィ。妙に馴れ馴れしいじゃねェか。」

沖田さんが僕の顔を見つめて言う。
…何…が………?

「やだなぁ、何言ってるんですか。新八君に意地悪したい気持ちは判りますけど、今はそんなタイミングじゃないですから。いくらドSだからってやりすぎですよ!新八君、めちゃくちゃ隊長の事心配してたんですよ?」

「は…?しんぱち…?っていうのか?何処の子供でィ。紛れ込ませちゃ駄目だろィ。」

「だから、沖田さん!いい加減にしないと俺怒りますよ?一睡もしないで看病してたんですよ!?新八君!」

「しつけぇなァ!知らねェモンは知らねぇよ!!」

沖田さんがむくりと起き上がってイテテ…と又ベットに沈む。

「そうやすやすと一般人をこんな状態の俺に近付けてんじゃねェよ…近藤さんはどうしたんでィ。土方だって許さねぇダロ…」

沖田さんの鋭い目線が僕を射抜く。
…そんな警戒した目で見られた事なんて…無かった……

「沖田さん…本当に…?本当に僕が分からないんですか…?」

出るな、涙っ…!ココで泣いたら負けな気がする。

「あ!俺局長と副長呼んできます!!」

山崎さんが病室を駆け出すと、僕と沖田さんの2人になる…
2人っきりになったら…嘘、って言ってくれるのかな…?

「…沖田さん…冗談…ですよね…?」

「オメェは誰だ?…山崎が俺とふたりにする、って事は危険は無いのか…真選組関係者か?」

この表情は…本当に僕の事を知らない…?
でも、山崎さんの事は覚えてた…真選組の事も…
まさか…僕の事だけ忘れてる…?

僕が何も答えられないでいると、病室に近藤さんと土方さんに引っ張られて、お医者さんも駆け込んでくる。
お医者さんが診断してくれるけど…日常生活に特に支障は無いそうで…
皆で色々聞いたけど、真選組の事は忘れて欲しい事まで覚えてるし、万事屋の事も、姉上の事も、しっかり覚えていた。

「…姐さんの…弟…?そんなん居やしたっけ…?」

「総悟…新八君と友達になったんじゃなかったのか…?」

近藤さんの不安そうな顔を見た沖田さんが、辛そうに俯く。
…やっぱり、嘘や冗談じゃないんだ…

沖田さんの意識が戻ったんで、今日1日様子見で入院して、明日には退院して屯所で療養する事になった。
僕は近藤さんに頼み込んで、屯所で沖田さんのお世話をさせて貰う事になった。
暫く万事屋を休む事になるけど…なんとか頼んでみよう…
一緒に居れば、思い出してくれるかも知れないから………